異世界シャワー雑感

 異世界にシャワーがある違和感。

 この源泉は、意外と近いところにあるのではないだろうか。

 つまり、「お湯が出てくるマジックアイテム」では、納得ができないのだ。

 シャワーといえば、「蛇口をひねればお湯が出てくる」というだけのものではなく、そこには、どこかに当然水道管が走っていて、どこかで水を加熱しているはず、という思い込み。

 因果関係が存在しない方が、本来魔法らしい魔法なのにね。

 今、日本のファンタジー作家の中では、魔法って「物理法則の一部を間借りする技術」になっちゃってるんだ。本来「物理法則に縛られない奇跡」だったはずが。

 自由な発想を失ってしまっている。

 これは、そこまで古い話ではない。

 ライトノベルファンタジーの数々がSF作家によって書かれてきた、ほんの20年程度に蔓延った常識なんですよ。鈴木銀一郎先生も、ガンダウルフが水をかき混ぜ続けて温度が上がるのを見て、加熱の概念に行き当たってから魔法に応用したりもしていた。

 けれど、それは本来SFであって、ファンタジーではなかったはずなんだよね。

 昔、「最近のファンタジー小説は幻想を忘れてしまった」みたいに言われて、「何言ってんだ老害どもめ」って思っていたけど、ついにそれがスタンダードな時代になってしまった今、指摘の重要性を感じることになってしまったことは、皮肉としか言いようがない。幻想小説は、もっと自由でいられるはずなのに!

 我々は、あの時彼らの言葉に耳を傾けて、SFじみたファンタジーを駆逐しておくべきだったんですよ。

 『コクーンワールド』とかな!